今回のZINE(『How to Write』)の執筆がけっこう面白かった。自分のちっぽけな想像力から作品をひりだすんじゃなくて、好きなものについて語るという形式にしたのがよかったんだと思う。
次は何書こうかなー。何について書こうかなーとあれこれ想像をふくらませていたら「岩波文庫の赤帯を読破する」という天才的なアイディアを思いついて喜んでいたのも束の間。念のため検索したら1997年に『岩波文庫の赤帯を読む』という本が出版されていた。自分が思いつくことは他人も思いつくものである。
門谷健蔵『岩波文庫の赤帯を読む』。図書館で借りて読んでみたら、想像以上に面白く、壮大な読書記録だった。
岩波文庫は日本のレクラム文庫を目指して作られた日本初の文庫本である。ジャンルは帯の色によって分けられている。青色は哲学。黄色は日本古典。緑色は日本の近代文学。白色は政治。そして赤色は海外文学。わたしがよく読む色である。(ピンク色にしか見えない赤色ではあるけれど)
岩波文庫の赤色、通称「赤帯」は全部で1000冊以上ある。著者の門谷健蔵は60歳にしてそれを全部読んでしまったらしい。しかもたったの15週間で。200ページある戯曲を会社の40分休憩で読み切ったとの記述もある(ほんとに!?)。中には面白くなくてほっぽり出されてしまった本もあるけれど、読めない判定することもまた読むことのひとつだ。とんだ読書家おじさんである。
19世紀のフランス文学がわりと好きなわたしは、うきうきしながらコレットのページを引いてみた。門谷健蔵のコレット「シェリ」の感想はこうだった。
“彼が街にでると、腕を組んでやってきた洋服店の三人の小娘たちが、「わあ! すごい!……信じられない、嘘みたい!……さわってみたいって感じ」。20ページのここまで読んで投げ出してしまった。この『シェリ』がコレットの最高傑作というから、他の二冊は読むのをやめた。私はそれほどひまがあるわけじゃない。”
なんだって!
門谷健蔵がコレットを読むのをやめたのと同じ理由でわたしはコレットが好きなのだ。なのになんだか……とってもうれしい。このへちゃむくれの、下手寄りのヘタウマの、思いついたところから突然始まるおしゃべりみたいな文章のまわりで、わたしはうっとりし、門谷健蔵はうっとおしいと言う。なんと楽しく、清々しいことだろう。
わたしはこういう読書友だちが欲しかったのかもしれない。手を伸ばせば触れ合える距離にひとがいる読書会とか、読書メーターやブクログなんかで感想を述べ合うネット友だちではなくて。もっと地味で、いつも何かを読み急いでいて、書くことにはとんと興味がなく、現実的な1ヶ月の書籍代の中で生きているような友だちを。
門谷健蔵は著者プロフィールに生まれ年と卒業大学しか書いてくれない。作家なんてごめんだね、死んでも読む専なんだといいたげに見える。
今年に入ってから、岩波文庫の揃えが良い古本屋を駅の近くに見つけた。東京へ行けば500円はしそうな美品が165円で置いてある。わたしとパートナー、ふたり合わせて3000円ぐらいの買い物をして、隣のファミレスに腰を落ちつけ、テーブルに戦利品を並べたのが最近のとても楽しかったことだ。
いまのいま読んでいるのは、その日購入したオールコットの「四人の少女(下)」。読み終わったら門谷健蔵のご感想をうかがおうと思う。そしてまた次の本を読むのだ。