バイトの日。手加減なしって感じの雨が夕方まで降り続いていた。
林芙美子「晩菊 水仙 白鷺」(講談社文芸文庫)を読み終える。
狂った女のせいで男の人生がめちゃめちゃになる話ばかりで、しかも戦後に書かれた小説だから暗く、老人がたくさん出てきて気が滅入った。若い女の一人称で書かれた「女の日記」を先に読んだからか、三人称で小説を書いてる林芙美子がヘンな感じで少し笑ってしまう。傑作小説であることには間違いないのだけど。各短編の内容を紹介してみよう。(カッコは発表年)
晩菊(1948)
美魔女のきんの所へ昔の男が金の無心にやってくる。元カレを追い返すためきんはしっかり身繕いして昔の美しさのまま男の前に現れる(美容のために生卵を飲んだりホルモン注射を打ったり…)。男は期待するがきんはつれない態度。過去の思い出を目の前で葬られて男は屈辱的な思いをする。
水仙(1949)
たまえの一人息子の作男はぐれている。たまえの稼いだ金を取り上げ働かないのにタバコをせびり女癖も悪い。それもこれも別れた夫の血を引く作男をたまえが煙たがり幼いときから肌に触れずやわらかいネグレクトを続けてきたからであるが。二人は愛憎相反する気持ちで共に生きてきたが、作男は炭鉱で働くといって突然北海道へ旅立っていった。
白鷺(1949)
とみの養女さち子が結婚して家を出るという。これを機にとみは自分の半生を語り聞かせる。とみは昔はかなりの器量よしだった。美貌を武器にどこでも生きていけた。赤坂の座敷女中になり、満州に単身で渡って10年芸子をした。色んな男も味わった。酒癖だけが悪く信用も美貌も失ったいまはビルの便所掃除のおばさんで悲しいことだ。養女さち子は聞いていない。
松葉牡丹(1950)
東京の空襲が激化するなか、老人の志村はてる子という若い女と知り合う。ふたりは一緒に長野の野尻へ逃げ、古い別荘で親子のような生活をはじめる。初めはやさしかったてる子だがやがて志村を足蹴にするようになる。8年間家に引きこもって生活してきた志村にとっては疎開もてる子も田舎生活も精神的脅威であった。ラジオで日本の敗戦を知り、大事な持ち株もおじゃんになると、志村は首を吊って死んでしまった。
牛肉(1949)
本牧(横浜市中区)の歓楽街のミューズだったマキイが佐々木を訪ねてきた。水商売から足を洗い裕福な貿易商人に貰われたが逃げ出してきたという。マキイは佐々木の家にしばらく厄介になっていたが突然姿をくらまし、居場所を突き止めた時には目の悪い女郎になっていた。終戦後、佐々木は駅のホームでマキイの女中と出くわした。体の悪い彼女に牛肉でも食わせようと一度は握りしめた金を佐々木は渡さなかった。
骨(1949)
戦争に夫を取られ、父親は老い、弟は重病を患い、娘はまだ小さい。生活費を稼ぐために道子は道っぱたで身体を売り始める。稼いだ金は夫の骨壷に収めていたが、病死した弟の火葬代で全て消えてしまった。
暗い。暗いけど良い。恋人みたいな親子関係を描いた「水仙」、小説の流れが良く志村の自死を焼きたてのパンで相殺する「松葉牡丹」が特によかった。
林芙美子は比喩の使い方がとても上手。比喩ってのは、脳みそにチラついた一瞬のイメージを文章に練り込むことだと思ってるけど、練りすぎると別物になり、瞬発力がないとゲテモノ文章になる難しさがあって、そのバランス感覚がふみ子はすごい。プロのフィギュアスケーターが美しくて無理な体勢を形にするために速度をつけることで技をまとめるみたいに、遠い言葉を筋力と跳躍力で文章に練り込み新しい地点へ着地するのはほんとに見ていてすがすがしい。
四囲が仄明るくなると、娘は手をのばして、杭から疲れた綱をはずした。竿の先で岸の土をぎりぎりと揉みこむと、船は水すましのようにすっとなめらかな水面に流れ出た。(松葉牡丹)
雨の切れ目を見て図書館へ。予約していた本を受け取る。借りたのは以下の6冊。
・海に帰る日/ジョン・バンヴィル
・コペルニクス博士/ジョン・バンヴィル
・顔のない娘/バーニス・ルーベンス
・選ばれし者/バーニス・ルーベンス
・香港/クリストファー・ニュー
・不思議なみずうみの島々/ウィリアム・モリス
どれぐらい読めるかな。とりあえず借りるのが大事だと思っている。