遠浅

平野明

受け取ってくれるひと

Netflixオリジナル「ウンジュンとサンヨン」のネタバレを含みます。)

友だちというには好きすぎて、親友というには憎みすぎたあなたをルームシェアに誘ったのは、あなたがわたしの幼なじみで、かつて裕福な家で育ったあなたが、いまでは生活するためにバイトを4,5個掛け持ちしているのを知ったからなのだけど、「一緒に暮らそう」というこの提案をあなたに”ほどこし”や"救済"と思って欲しくなかったし、そう思われたら成立しない生活を守るために、あなた自身も努力をしてくれた。実家に出戻りしてルームシェアの家にあなたをひとり残した後も、わたしは家賃の半分を払い続けたけれど、それはわたしが払いたくて払ったお金であって、むしろ受け取ってくれたあなたに(払うことを許してくれたあなたに)深い愛を感じたほどだったのに、最後の最後、わたしをカフェに呼びつけて、札束入った封筒を置いていったのはとんでもない仕打ちだった。

こうしてふたりは絶交した。「ウンジュンとサンヨン」エピソード8の話である。

借りたお金を返すならともかく、もらったお金というのは返しても借り(もらったのだから借りというのもおかしいんだけど)をゼロにはできないもので、「もらったものをくれた人に返した」という新しい意味が塗り重ねられる。それがどんな含みを持つのかは状況次第だけど、あなた(=サンヨン)がわたし(=ウンジュン)にしたことは、ルームシェアしてきた時間と思い出をワリカンしたいという、ほぼ絶交の、間接的な提案である。

お金は数字だから、稼いだ1万円も、もらった1万円も、小遣いをかき集めて作った1万円も、全部同じ「10,000」という数字であり、その変動だけを見ていると、透明な水が減ったり増えたりするだけのように感じるけれど、何かにお金を使うとき、ことに、だれかにあげるとき・もらったときのお金というのは、ほとんどひとの気持ちである。ひとにお金をあげるとき、わたしは祈らなければいけない。ひとからお金をもらうとき、返したい気持ちに耐えなければいけない。そうして受け渡しが成立したときのふたりの関係をわたしは奇跡と呼びたい。