遠浅

平野明

親切にしない

高尾山は世界一登山者数が多い山なのだそうだ。高尾山口駅は新宿駅と見紛うほどひとで溢れていて、高尾山頂も景色というよりひとの頭を眺めると言った方が正解に近いぐらいだった。地面はレジャーシートで隙間なく埋められていて、そば屋には行列が出来ており、山とは思えぬほど人間の匂いで満ちていた。しかしそこからもみじ台へ抜けるとグッと人数が少なくなって、城山を目指して歩く頃には、すれ違うひとはじいちゃんかばあちゃんかトレランしてるひとだけの、登山らしい登山道になっている。

高尾山頂から縦走できる城山(小仏城山)には、なめこ汁と大盛りかき氷が有名な茶屋がある。もちろん食べた。なめこ汁はしょうゆで味付けされた、透明でとろんとした汁物だった。一緒に登っていたレナと、雨風にさらされてぼろぼろになったテーブルに着いて食べた。おいしかった。

おいしかったけど、店員が最悪だった。注文口に並んでいたら、もうひとつの方の空いている注文口からおばさんが顔を出して「次待っている方どうぞ!」というのでそちらへ移動したら、おばさんはわたしたちを放置して別の仕事へ取り掛かってしまった。声をかけても戻ってきてくれないので、仕方なしに元の列に戻ろうとしたら、ふいに戻ってきて「注文は!」と聞く。レナは感情のない声で「なめこ汁2、田楽1」と注文して、出てきた食事を受け取ると、さっさとテーブルに着いて食べ始めた。感動した。

最近職場で嫌なことを言われた。山を歩きながらレナに話すと「そういうときは『ワロタw』みたいな顔で言い返せばいいんだよ」という。「声が震えそう」「震えてもいいし、時間かかってもいい。むしろ気まずい空気を作ればいいんだよ」「レナは震えない?」「わたしも震えるよ。でも『ワロタw』の顔すると第三者の目線になってちょっと震えが収まる」「そうか」「そうだよ、そんなやつ敵になっていいよ」

親切にしない。気まずい空気を作る。これがわたしの目標になった。最も耐えがたくてしんどいのは、好きなひとと気まずくなることであって、好きでもないひとと気まずくなっても好きじゃないから耐えられるはず。関係の円滑さが失われたことに動揺して、もっと根本的なことを見落としてしまうのはわたしのよくあるパターンだ。

城山からの下り道は大変で、そこらへんの枝を足下に突き立てながらよろよろ歩いた。来月はレナと一緒に登山用のストックを買いに出かけるつもりである。

 

PASSION/親密さ/羅小黒戦記2

山本さん家に昼の12時におじゃまして、寿司をつまみながら濱口竜介の「PASSION」(2時間)と「親密さ」(4時間)を見た。映画の姿勢のまま持ってきた押し寿司を軽く食べ、流れで中国のアニメ映画「羅小黒戦記2」(2時間)も見たら、帰りはほぼ終電だった。8時間映画を見たのは初めてだったけど、全然まだ見れるな、という気持ちになったのは、55インチのテレビ画面と使い込まれたソファのおかげだ。本を重ねただけの小島が床からいくつも生えているあの部屋は、東京のど真ん中にあるのに外界から閉ざされているみたいだった。映画館だった。

「PASSION」

濱口竜介の東京芸大の大学院の卒業制作。オープニングの6人の誕生日会の不穏さに引き込まれた。手持ちカメラが揺れてるし、顔のアップが多くて長いから不安になる。小説家のおば、暴力についてのHR、本音ゲーム、工場での奇跡。パッションは情熱と訳されるけど元は受苦のこと。暴力が相手に選択の余地を与えないことだとしたら、暴力を受けただけではまだ暴力は暴力として成立しないから暴力を許すことだけが暴力を止められる方法なのだという話はイエスキリストすぎるだろと思った。暴力と選択って濱口竜介のテーマだよね。山本さんは「これ20代に見たら死んじゃう」と言っていた。

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「親密さ」

ENBUゼミの映像俳優コースの終了作品(監督:濱口竜介)。前半2時間で演劇を制作する過程が描かれ、後半2時間で演劇「親密さ」が上演される。前半で「演劇ってサイアク!」と思い、後半で「演劇っていいな、もう1回やろうかn」という気持ちにさせられた。フィクションなのにドキュメンタリーとして見たがる自分がいて内心戦いだった。山本さんは「これ10代に見たら死んじゃう」と言っていた。分かる。若いときってなんでこんなに質問が下手なんだろう? コップで水を掬いたいのに、結局水で水を掬ってるみたいなコミュニケーション。後半の演劇が素晴らし過ぎた。詩が最高だ。

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「羅小黒戦記2」

テレビ台の左隅に目の大きい黒猫のフィギュアがあって、何これかわいいっていったら、羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)のだよって教えてくれて見ることになった。10年前のショートアニメ発のこの映画、ファンタジーアクションなんだけどめちゃめちゃ面白い。1じゃなくて2の「羅小黒戦記2」から見せてくれた山本さんナイスすぎる(あとで自宅で「羅小黒戦記」を見たけど、マンガみが強くてちょっとタルいところがあった)。もののけ姫とか、呪術廻戦とか、色々なものを思い出した。アクションシーンが最低限の演出なのに見たことない速さと強さだった。個人的にチェンソーマンのレゼ編以上だった。ルーイエかわいい。

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また映画見る会やりたい。でかいスクリーンで映像見たい。自分ひとりじゃ見れないけど、人と一緒だったら見れる映画というものがある。(a.k.a.映画館)

らいおん・へあー

いまわたしが一番がんばっていることは、メイクをできるだけしないことです。
日焼け止めを塗ります。
BBクリームを目の下に伸ばします。
アイブロウマスカラで眉毛を金色にします。
チークは2種類。
リキッドチークを薄く叩きこんで、上からブラシで取った粉のチークをのせます。
ビューラーはしません。
マスカラもしません。
アイラインもアイシャドウも引きません塗りません。
くちびるにはそこら辺のリップを塗りました。

細いロットで強くパーマをあてた髪の毛は肩幅まで広がっています。その髪の毛の根本は伸びて黒くなっています。色んな色の混じった髪の毛が背中の方でふさふさくるくる揺れているのを感じます。
上はColumbiaの黒のしましまの長袖に、下はMOUNTAIN EQUIPMENTのオリーブ色のパンツ、靴はKEENのトレッキングシューズです。丘ぐらいならいますぐにでも登って降りてこれそうな格好で、立っているのは横浜駅の西口です。MM6の大きな三角ショルダーバッグの中には写真集が7冊入っていて、右肩がへこみそうな重さです。せめてもの抵抗で左肩に掛けたカメラは腰のあたりでふらふら揺れてます。
待ってるひとはもうすぐ来ます。髪の毛はライオンのたてがみのようにふわふわと揺れます。口紅は舐めてなくなって、くちびるに風を冷たく感じます。
今日わたしはすてきでした。横浜駅にいるひとの中でわたしが一番すてきでした。