遠浅

平野明

結婚式の写真(Family and friends)

ぎゃー。これはおもしろい!英題はfamily and friends(一族と友達)。

この物語は4枚の結婚式の写真の絵解きである。アルバムを見返している今の時間が語るので、時間には奥行きがなく、全ての時制が現在形をとる。禁欲的な文体にはち切れそうなほど詰め込まれたノスタルジーに心が震える。

ジュリアン・バーンズの「太陽を見つめて」や、ヴァージニア・ウルフの「波」を思い出す。憂愁の雰囲気が低音にありながら、知性に裏付けられた明るい毒舌が高音を鳴らす。超越した場所にいながら「そこ」にいる。不思議なルールの心地よい文体。

アニータ・ブルックナーすごいぞ。小野寺健の訳も丁寧で、こちらも訳者つながりで掘っていきたい。秋のホテルはこれからなのだがすごく楽しみ。紹介してくれたジュリアン・バーンズのインタヴューありがとう(YouTubeで見つけた)。

 

その暗くて狭い部屋がベティはすっかり気に入ってしまう。温かく静かで、そのくせ窓をあけはなって外を眺めれば、ぼんやり明かりのともった向かいの菓子店の中が見える。それを見ると、なぜか彼女の心はなごんだ。女たちがケーキを食べている光景を考えると、どこまでもやさしい気持ちになれるのだ。こういう光景こそが女の運命だという気がしたのかもしれない。もっとも、多少の疑問は抱いただろう。ベティ自身の人生計画ははるかに貪欲なものなのだから。猛烈な食欲の光景こそ自然で、心あたたまるものに見えるのかもしれない。あたたかなピンクのライトと、ときどきふわっと漂ってくるヴァニラの匂いに、何かが、何か家族の思い出が、よみがえるのかもしれない。それはどうでもいい。めったにあることではないけれど、さみしい気持ちになったときには通りの向こうに目をやって、上品な女たち、毛皮のコートをきた女たちがつれだってコーヒーを飲みながら話をしている姿を眺めさえすればいいのだ。

(結婚式の写真/アニータ・ブルックナー

 

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