遠浅

平野明

背もたれある椅子でよかった

7時起き。ひさしぶりにいい気持ちで起きれた。現場へ。凄まじい演劇体験。骨抜きにされた。バラシ。夜、感想書いたらラブレターみたいだ。とにかくね、生きててよかったね。最高だ。

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mimacul様 さよならあかるい尾骶骨を見て

公演お疲れ様でした。
引き込まれすぎて、とても観客として観れませんでした。同じ畳の上に座らせられているようでした。没入感がすごくて、後半の駆け上がっていくところなんかは、背もたれに張りつきながら観てました。身を乗り出してではなく。ひたすら与えられた感じがします。暗い空間に六畳間があって、畳からはみ出さないぐらいの小さな声量を、ずっと聞きとるように聞いていたから、声が空間を破って近所に聞こえるぐらい大きくなった時、一瞬で劇空間が拡大して、あっという間に自分も取り込まれました。背もたれがあるいすでよかったです。
後半に演出でやりたいことが分かりやすく見えたけど、その要素は頭から小さくうずいていました。ぱっと見は写実的だけど妙に言葉が双方向ではないっていう小さな違和感がどんどん大きくなって、台詞と身体は乖離して、それを無理なくわたしの想像が補ってしまう、補わされてしまう演劇でした。ありそうでありえない、現実ではこんな喋り方しないし、こんなシーンもないのに、男の記憶が自分の中に流れ込んできました。よく、『リアリズム』と言われる演劇をみると、部屋の壁みたいな(モニタリングしてるみたいな)気持ちになるのですが、会話の方向が少しだけ第三者に漏れているせいか、自分も参加させられたようでした。浴びたというか、すごいライブ感がありました。もし全く演劇を見たことがない人が、例えば劇中の男みたいな人が『演劇』を期待してこれを見たら、「俺は一体なにをみたんだ……?」って、なるんじゃないかと思いました。
文章も好きでした。内容でよかったところはひとつに絞れないのですが、後半の、母親が外で遊ぶことについて尋ねるシーンでは泣いてしまいました。男にはそれができないから。それから、「一緒にいてあげる」ように思ってることでも、一緒にいてもらってることってたくさんあるよなとか、ところどころ、みぞおちにずーんとくる人生の教えがたくさんありました。
役者さんも本当に良かったです。あれだけ細かくエネルギーを調整して発信できること、言葉を引き受けて公演期間まで手に持っていられるパワー、すごすぎます。役者という仕事を一生尊敬する、と思いました。
観れて本当に良かったです。今だに引きずってます。ありがとうございました。身体の底には暗い空間があって、お昼の光が差してる六畳間が存在すると、信じられるほど男の記憶の場所でした。公演、お疲れ様でした。また次の公演も観にいきます。