遠浅

平野明

感情教育/中山可穂

女2人の前史を語る文章の低体温さが好きだ。恋に落ちてからは、文章が熱さにふるえて溶けていきそうだった。小説の内容とは文章が示すものなのに、読みすすめるうちに内容が文章を造形しはじめる。
床に打ちつけられたスーパーボールはいつまでだって見ていられる。おもしろかった。

 うちへ昼寝にいらっしゃい。
 那智にとってそれはどんなに魅惑的なフレーズに聞こえたことだろう。不眠症はいよいよ深刻な事態になりつつあった。車で信号待ちをしているあいだにすうっと眠り込んでしまう。打ち合わせの最中にうたた寝してしまう。食事中でも入浴中でも睡魔は突然に襲ってくる。それなのに夜中には眠れない。あの家では眠ることができない。無理にでもまとめて睡眠を取らなければおかしくなってしまいそうだった。那智は理緒の申し出に甘えることにした。あの声には心地よく眠らせてくれる磁力があるのだ。(感情教育中山可穂