遠浅

平野明

分かれる

2ヶ月ぶりに会った友人に、毒っけが抜けたと言われた。自分でも感じる。身体の調子が戻ってきた。

眠れるようになったし、起きたらちゃんと疲れが抜けているし、ご飯がおいしいし、部屋も汚くはない。電車も普通に乗れるし、なにより本を読めるようになった。家に帰りたくなくて、夜中に自転車を乗り回すこともなくなった。当たり前のことを当たり前にできるこの精神状態が、いまだ信じられない。うれしい。自然治癒力を使って自力で治したというより他人にケアされた。回復よりも、生き返ったよりも、目を覚ましたら別の生物になってたみたいな休みだった。

「1回ぎゅっと掴んだら、手を離せないよね。でも離しちゃいなよ。ちょっと考えすぎよ。海とか行きなさい。海はいいよ。」これは去年、整体師のお姉さんがくれた言葉。メモはまだまだ捨てられない。

久しぶりに会った祖母が私に言った。「あなたが今がんばっているかもしれないと思って、毎日4時に起きて書いているのよ。」早起きの彼女が、紙に硯に囲まれている姿が目に浮かぶ。筆運びのきれいな字が、手紙になって送られてくるだろう。

私はどんどんわかれていく。わかれて、わかれて、消えていく。手を振って。

夏だ。そろそろ走りたい。