遠浅

平野明

心のドラを打ち鳴らせ

後日談。シビウの演劇祭のあと、ブカレストに一泊して、フランスのマルセイユに飛んだ。フェスティバル中のAix-en-Provenceへ。上司が関わってるというオペラ作品のIdomeneoをどうしても見たかったから。思い切って公演のチケットを手に入れたら急に勇気が出て、それからはずっと待ち遠しかった。

大正解。悩みなんて大粉砕。見に行ってよかった。

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初オペラ。Idomeneoと、次の日Salomeを見た。

オペラホールのデカさ、オーケストラの規模、人の雰囲気や独特の時間の流れ、場転の派手さ。自分の中にオペラや宗教の蓄積がないから、どうしても視覚的なコメントしかできないけど、初見の楽しさはあった。二つ見れたのはラッキーだった。Idomeneoで終わってたら、ほんとに雰囲気だけで終わってた気がする。

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シュトラウスのSalome。演出はドイツの生まれのAndrea Breth。真っ赤なオペラホール。満席。youth ticketだったけど、バルコニーの一列目の結構いい席。上手が見切れるけど、オーケストラピットと指揮者の指示がちゃんと見える。演奏者と歌手に境目はほとんどない。ほんとだモニター。タンバリンが印象的に使われる。テーブルの使い方に聖書の引用を感じる。首を乗せる銀皿がバケツ。かなり暗い舞台に、白くて縦長の箱が場転のたびに出てくる。あまり景色変わらない。蛍光灯を美術として使いつつ、照明の色を重ねる演出。サロメの妖麗さは控えめ。義父の「サーロメ!(首以外の望みにしておくれ)」は分かったぞ。

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モーツァルトのIdomeneo。演出は日本からのSatoshi Miyagi。会場は中庭にあって、客席の上は空で開放感。夜の9時半スタートで、日が暮れていくと没入感も増す。モーツァルトだから聞いたことあるさわり。視覚的な見どころが多かった。役者も多かったし、ぐるぐる回る装置。影絵。仕掛けが多い。衣装も照明もゴージャスで足並み揃ってるなと思った。箱の謎素材がドンピシャにいい味だしててワクワクした。和紙みたいな海藻みたいな、でも強度がある。照明は赤のデカいのが好きとか、結婚する二人をまとめて横に抜くのが良かったとかあるけど、一番は上から箱を本当にキレイに抜くところ。床に落ちる光を見ながら、ほんとに怖い…と思った。大きな仕事だ。突然の神のお告げ。海の要素。演出のテーマがここの人にどう映るのか気になった。

サロメを見たとき、キリスト教ってものの横たわり方に、皆私の何倍もの強さでオペラや演劇を楽しんでるんだなと思った。それは文化の差というか、越えられないものなのかもしれないけど。いま日本人皆んなで共有してるものってなんだろうな。昔からなんとなく宗教と政治と野球の話はタブーだったけど、話してこなかった色々が意外な形で迫ってくる。

他にも、この国には考えさせられることが多かった。服装とか物価とかユースの設定とか。目当ては一本のオペラだったけど本当に訪れてよかった。

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サロメの翌日にはブカレストに戻り、シナイアという田舎で友人と待ち合わせして、それぞれの旅の報告をした。私がフランスにいる間、彼女はドイツでキリスト受難劇を見ていた。夜、ホテルでクリスマスかよみたいなデカいチキンを2人でさばいて食べた。

もう帰国だ。今は乗り継ぎでマレーシアにいる。まる一ヶ月ヨーロッパにいて、演劇を見まくり、枯れ果てた心が満たされた。演劇に対する自分のどん詰まった気持ちは、骨太な物語と、圧倒的にオモロい演出によってふっとばされた。あの Cabaretが、Macbethが、Creatureが、私の心のドラを打ち鳴らしたんだ。内向きに収縮してくのなんてもう嫌だな。

勇気とパワー必須こと『期待』。だけど世界や自分に期待し続けたい。そんで口を開けて待っていないこと。圧倒させてくれ。かっこいいもの見せて。憧れさせてくれ。うっすらとした好きじゃなくて、心のドラを打ち鳴らしてくれ。(完!)

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マルセイユの海。野性のフラミンゴ。乾いた風とうみねこが恋しい。)